熊本県 菊池川の舟運
| 日田の京雛のナゾについて、舟運との関係を知りたいと思ったので、国土交通省九州地方整備局のホームページをインターネット上で見つけ、メールを送りました。すると、企画部企画課の平井さんが、あちこちの工事事務所や日田市に問い合わせて下さったようです。しばらくすると、菊池川工事事務所調査課の前田さんが集めて下さったたくさんの資料と一緒に、様々なパンフレットも送られてきたので感激しました。ありがとうございました。 |

| 特徴 |
| わかったこと! 加古川の舟運と比べてみて、高瀬舟よりもひとまわり小さい舟を使っていたが、ほぼ同じ距離を同じように、下げ荷として米を中心とした特産物、上げ荷として塩を中心とした生活用品を運んでいたことがわかった。戻り舟には、上方文化や技術も積んで帰った。肥後米も川と海による舟運ネットワークで大坂まで運ばれたからこそ、全国的に有名になれたのだと思う。 加古川では、田んぼに入れる水を確保するため、高瀬舟の運行は秋から春までと決められていたが、菊池川では灌漑と舟運を両立させるために独特な八の字型の堰に幅約3mの舟通しを作ってあるところがすごい工夫だと思った。 また、河口の中心地が『高瀬』で、流域の川湊から舟で下ることを『高瀬下り』と呼んでいたので、『高瀬』というのは、川の舟運に関係のある言葉だと思う。 送ってもらった新聞の切抜きのコピーによると、2000年10月には流域の市町村が協力して昔ながらの水運を再現、実際に米俵を川と海の舟運で大阪まで運ぶというイベントを行ったそうだ。人々から忘れ去られた川や舟運をもう一度見直そうという活動は、とても大切だと思った。 |