作者にインタビュー


この紙芝居の作者について紹介すると、絵は滝野町に住んでおられる昭和2年生まれの尾縣 斎(おがたひとし)さん、お話は滝野町かたり聞かせの会のみなさんです。

尾縣さんに質問したいことがあったので、インタビューさせてもらうことになりました。

まず、ぼくが製作中のホームページを見せて、「この紙芝居をもっとたくさんの人に見てもらいたくて、このホームページを作りました。」と言うと、「あーうれしい!握手しよう。」ととても喜んで下さいました。ちょっと照れくさかったけど、「作ってよかったな。」と思いました。

1. どうして紙芝居を作ろうと思われたのですか?
与助さんの功績や川を切り開くための当時の苦労や川の大切さを次の世代に伝えていくには、文字や聞き伝えよりも絵が一番効果的だと思ったからです。事実、子どもの頃、拍子木を鳴らしながら村へやって来た紙芝居のおじさんの絵の一枚一枚がまだ頭の中に残っています。
2. 紙芝居を作るのにどのくらい時間がかかりましたか?
約2ヶ月です。
3. どんな点に苦労されましたか?
もともと絵を描くのは好きなので、色彩や調和を考えるのは苦労しなかったのですが、内容にウソがあってはいけないので、数千ページに及ぶ滝野町史に何度も目を通したり、人に尋ねたりして徹底的に調べました。テレビや映画の時代劇を参考にして衣装も研究し、想像力を発揮しつつ、できるだけ歴史に忠実に表現するという点に一番気を使いました。
4. どんな工夫がありますか?
・与助さんの子供の頃の衣装を庄屋さんの息子らしくした。
・高瀬舟の舳先(へさき)の部分もアドバイスを聞いて修正した。
・どのページにも与助さんの家と滝野町のシンボルである五峰山を描くようにした。
・工事の様子も季節感があふれるようにした。
・高瀬舟の完成を祝う場面では、できるだけ人々の喜びをあらわそうとした。
5. なぜ高瀬舟造りの様子がわかるのですか?
子どもの頃、加古川にはウヨウヨ魚がいて漁業が盛んだったので、高瀬舟よりひとまわり小さな舟を使って魚を捕っていました。船大工さんがその舟を造っておられる様子を実際見ていたから、今でも思い出しながら絵に描けるのです。
6. 昔の加古川と今の加古川では、どう違いますか?
・水量が減った。←上流の森林をどんどん伐採したので、森が保水力を失ったから。
・昔は、もっともっと水がきれいだった。←工場廃水や生活排水、ゴミのポイ捨てが原因。
・みんながもっと川と親しんでいたし、川を中心に活気があった。