千葉県立関宿城(せきやどじょう)博物館を訪ねて

インターネットで高瀬舟について検索していたら、加古川だけでなく他の川でも使われていたことを知りました。特に利根川の高瀬舟は、約3倍もの長さで米の積載量は10倍から20倍もあったので、どうしてももっと詳しく調べてみたくなりました。

上の地図のように利根川と江戸川の分流地点の関宿町にある千葉県立関宿城博物館のホームページを見ると、利根川を航行していた高瀬舟の大型模型が展示してあることがわかったので、実際に行ってみることにしました。
2001年7月22日(日曜日)
前日から宿泊していた東京のお台場のホテルを朝早く出発し、ゆりかもめ・JR・東武野田線に乗り、川間駅で降りました。さらにバスに乗り継いで関宿町を目指す。
やがてスーパー堤防の上にお城のような建物が見え、目的地である千葉県立関宿城博物館に到着しました。

左の写真は千葉県立関宿城博物館の入り口。
想像以上の立派な博物館で、かつての関宿城を模した天守閣が再現してあるそうです。
その天守閣の4階の展望室からは、このように利根川と江戸川の分流地点が見えます。写真の右側(河口側)から奥(上流側)に向かって水面が見えているのが利根川。

ちょっと水面が見えないのですが、左側へ流れているのが江戸川。
館内を見学して売店で資料を探していると、声をかけて下さったのが、瀬戸学芸課長さん。「兵庫県から高瀬舟の研究に来ました。」と言うと、事務所に案内して下さって、たくさんの資料を取り出して熱心に説明して下さいました。親切だなぁと感激しました。どうもありがとうございました。

加古川の高瀬舟との違いやいろんなことがわかって、おもしろかったです。遠かったけど、本当に来てよかったと思いました。

利根川の高瀬船(加古川の高瀬舟との比較)

似ている点

           1、平底で、が立てられる。(海の船は波を受けるため、平底ではない)
           2、乗組員の数(3〜4名)
           3、ひきこが岸から引っ張って戻ってくる。
           4、米、特産物、塩、生活用品を運んだだけでなく、経済、文化も運んだ。
           5、流域の産業発展に貢献した。

違っている点

           1、まず、利根川の「たかせぶね」だけが「」という漢字ではなく、「」という漢字を使う。
           2、川の規模に比例して、すべてにおいてスケールがデカイ!
             長さ・・・・・約3倍(27〜30メートル)
             積載量・・・・・10倍〜20倍(米1,200〜1,300俵)
           3、船の中に人が休める屋根つきの小屋(セイジ)がある。
           4、備前系の高瀬舟とは構造上異なる点がある。
              ・瀬持棒がない。
              ・川舟には珍しく、舵(かじ)がついている。
           5、他の川と大きく違うのは、幕府のある江戸城に近いため、防衛上の取締りが
             たいへん厳しかった。
                              
             加古川では、川を下る時は夜の暗いうちに航行していたが、利根川から江戸川に
             向かう時、関宿関所では暮六つ(日没)以降の航行を禁止していた。

産業の発展に貢献

          ・関東地方の醤油醸造業は、野田や銚子など利根川流域の各地で急速に発達。
           これは、大豆など原料の集荷大消費地江戸への製品出荷に、一度に大量の
           物資を運ぶことのできる高瀬船による水運が発達していたからです。

         

          ・同じように、流山のみりん、猿島茶、真岡の木綿、佐原の酒など高瀬船は流域の産業の発達
           に貢献した。

全国の川(高瀬舟くらべ)へ